コーヒー農園になんて行ったことはない。コーヒーは毎日飲んでいる。コーヒーが世界の何カ国で生産されているかなんて知らない。それでもコーヒーの種類はそれなりに幾つも知っている。ほかにも無知がいっぱいあって、それなのにカラダがいろいろ覚えている。香りとか。酸味とか。苦味とか。コーヒーが誕生したのはエチオピアだって聞きかじったけれど、つまり、人類も誕生したアフリカ大陸からコーヒーも生まれてきたってことなのか。じゃあコーヒーって「全部」じゃないか。そこで、たとえばコーヒーを音にしてみる。CDにしたり、ライブにしてみる。それどころか誰もが参加できる「体験」にしてみる。まずはわれわれ3人からはじめるけれど。まずはわれわれ3人が、等しい距離でコーヒーに接するけれど。つまり、だ。コーヒーが歌とトラックと小説を交わらせる。それから続々、いろんな人間を交わらせる。疑問をひとつひとつ解いていく。コーヒーの実は赤いのか、青いのか、それとも未知なるものなのか。色を塗るようにたしかめる。音を塗るようにコラボする。いまから判明していることはひとつだけ。このプロジェクトは coffee だから絶対「覚醒」するはず、だ。
光が射している。ライブハウスはたいてい夜の世界に閉ざされているのに、そのセレモニーの会場では光が射している。光は柔らかい。そんなふうにして coffee を体感するための空間が生まれる。登場人物はいまや5人いる。その「覚醒」の液体をセレモニーに参加する人々にふるまうために現われたのが鈴木雄介で、不思議な名前をした器具を使ってコーヒーを淹れた。それから最初の3人の登場人物のためにチームのTシャツを手製してきた近藤恵介が、そこに自ら描いた「覚醒」のカップに、その場で筆によってコーヒーを淹れた。会場には光が射しているけれども光がいったい何色をしているのか、じつはわからない。午後の色彩なのは明らかだ。しかしコーヒーがいったい何色をしているのかは、誰もがわかる。最初の3人が順番に、淹れられていたコーヒーから何かを抽き出す。まずはトラックがある。トラックは音の coffee カップだ。それは世界にむけて伸びる目に見えないプラグだ。歌がある。歌は coffee にちりばめられた粒々のフレーバーだ。朗読がある。それは coffee を飲み込んだ肉体の、あるいはミルを回している両腕からのと等しい力だ。この最初の3人が乾杯するとき、カップは鳴らない。しかし、たしかに在った音色がひたすら光の内側に浮かんでいる。そして色彩がないはずの中空に、静かにしるしが滲む。ブラックホール。
コーヒーは誰でもわかるように液体だ。でも、ほんとうに液体なんだろうか。もともと豆だから、液体のはずはないし、豆はもともとは何だっていったら植物だ。そして昼下がりのライブハウスでのイベントは3回めを迎えて、コーヒーはいろいろな形のペーパーにもなる。ペーパー、紙。もちろんそれはコーヒーが注がれる紙コップのことでもあるし、新しいユニット名を抽選するために5人のメンバーがそれぞれに名前を記したカードのことでもある。紙のカードは裏返されて並べられた。円いテーブルの上でシャッフルされた。そして5つの名前のうちの1つが選ばれるのを、カードたちは裏返ったままで待っている。そんなカードの1枚1枚も、コーヒーだ。はじまりには1枚の硬貨があり、それは金属で、2種類のペーパーになり、それもコーヒーで、抽選された新しいユニット名は the coffee group だった。紙が飛行機になって舞うように、こんなふうな命名の跳躍がある。1枚の硬貨は(つねに、いつだって)たっぷりの重力に支配されて扁平に転がっているのに、そこから跳躍が起きる。コーヒーの背景に、宙がある。
H E L L O …. 彩りは投げこまれた。ここに集まったのは全部が「コーヒーでありながらコーヒーではないもの/コーヒーではないのにコーヒーであるもの」だ。赤いタイプライターも白い林檎を灯らせるコンピューターも、茶色い豆も、全部が大切な一部になってグループを成している。銀色のスタンプカードは積み重ねられて、その彩りをそっと秘めている。S E C R E T …. でも、そんな秘密は誰かにネガティブな感情をもたらすために用意されたんじゃない。秘められているものは、つまり孕まれているもので、だから過剰なもので、いうなれば余韻そのものだ。いいコーヒーには余韻があるように、いい音楽には余韻があって、いい絵画にもいい文章にもそうだ。それはもしかしたら、文章から色彩が感じられることや、絵画から薫りが感じられること、音楽からフレイバーが感じられることといっしょなのか。そして、赤い、赤いタイプライターから言葉と音色とコーヒーが同時に叩き出されることとも。そうだ、C O F F E E …. あまりにも過剰に、あまりにも余分で秘めやかに、それだからこそ豊饒に、ここに集まっている。挽かれるものたちも、積もるものたちも、なにより集うものたちが。そして全員でドリップする。打鍵される赤いマシンが囁いている。a ta ta kai mo-no ….
古川日出男
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the coffee group
小島ケイタニーラブ・近藤恵介・鈴木雄介・蓮沼執太・古川日出男
http://www.faderbyheadz.com/release/headz140.html