さやわか による批評(Disc1)

 ここに収められた楽曲には、いずれも日常性への寄り添いがあって、にもかかわらず私たちはじっと聴いているうちに、そこに少し違った現実を見出す結果となる。なぜそうなっているのか。
 音楽がCDからiPodに吸い上げられてから鳴るようになる頃、変化したのは音質ではなくリスニング環境だった。大半の人がパソコンの貧弱なスピーカーで、あるいはヘッドホンで音楽を聴くようになったのだ。それは部屋に鎮座したオーディオ機器が音で満たされた空間を作り出すという、過去の標準的なリスニング環境との決別だった。そしてそれは、ダウンロードやストリーミングがポピュラーなやり方になった現在でももちろん変わっていない。
 レコーディングされたものからは、空間が抜け落ちていく。そういう時代ならばこそ、空間を追い求めれば音楽は常にエクスペリメンタルにならざるをえない。だからライブパフォーマンスは常に前衛的であり一回的であり経験的なものとして注目される。単純には昨今の、レコーディングに対するライブパフォーマンスの盛況はこのようにして生まれる。すなわちどこで演奏されるのか。どんな聴衆がいる環境で、どの程度の広がりを持った空間なのか。それが音楽の経験を刺激的にする。もちろん蓮沼執太だって、たとえば蓮沼フィルにおいては、それを十分に活かしてパフォーマンスを行っていた。
 だが、ではそこで、空間的なものと対置されるようになったレコーディングとは、どのようにあるべきなのか。蓮沼執太の音楽は、それに取り組んでいる。その解答としてあるその作品群は、ヘッドホンで、あるいはパソコンでもいいが、これを鳴らす時にリスナーが知覚している周囲数メートルにわたる空間を再利用しようというもののようだ。彼がやっているのは、僕がこれを鳴らす自宅のリビングの壁や見慣れた歩道に、新しい色彩を加えていくことのようだ。という言い方だと、いささか気障すぎる。より確実に言うならば、これらの音楽は、鳴らされる空間のことを想定し得ないとしつつ、しかしそこに新しいテクスチャを感じさせるようなことをやっている。
 手垢の付いた言葉だと、それはアンビエント・ミュージックと呼ばれるものに近いと思われるかもしれない。しかしそうではない。アンビエントは、その名にもかかわらず、それが鳴らされる環境よりは空間のたしかな存在を信頼して作られている。
 今の時代に、音像が単体で空間を立ち上げることは信じられていない。だから蓮沼執太の音楽は、リスナーの耳を通した結果として、そのひとの見るリビングの壁だの歩道だのに違った手触りを与えていく。テクスチャが変わったように見せる。私たちリスナーが音楽を入力されるウェットウェアとして関与し、それが奏でられる空間の私たち自身による知覚という出力が完成する。そのようにして、新しい空間の音楽、音楽のエクスペリメンスが生み出されている。
 私たちは、この13曲という入力によって、いったんは日常性を意識させられ、その後にテクスチャへの違和感という出力を得ることになる。蓮沼執太はこの時代に、そうやって私たちを生活の冒険、エクスペリメンタル日常系へと、誘っている。

さやわか

さやわか

ライター、評論家、まんが原作者。著書に『僕たちのゲーム史』『一〇年代文化論』『文学の読み方』(星海社新書)『キャラの思考法』(青土社)『文学としてのドラゴンクエスト』(コア新書)など。原作に『qtµt キューティーミューティー』など。
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Disc1 収録曲一覧

  • Title Commission Type Year
  • 1
    windandwindows MORI Building Others 2016
  • 2
    the unseen Panasonic Beauty CM 2016
  • 3
    Between Here and There J-WAVE Ending Theme 2014
  • 4
    = -instrumental “Miu Sakamoto” Miu Sakamoto Produce 2014
  • 5
    My Philosophy with kotringo Self Collaboration 2015
  • 6
    Acoustic County J-WAVE Opening Jingle 2015
  • 7
    ALMA #30-#40 - Self 2015
  • 8
    Tsuuka remix “Kukangendai feat. Hideo Furukawa” Kukangendai Remix 2015
  • 9
    Ruru Remix “Dudley Benson” Dudley Benson Remix 2014
  • 10
    YES -instrumental “Tamaki Roy” Tamaki Roy Produce 2013
  • 11
    Acorn NHK Movie 2016
  • 12
    Travelling Melodies J-WAVE Ending Theme 2016
  • 13
    Medetai -instrumental “Tamaki Roy” Tamaki Roy Produce 2017
  • 57
    Communal Music - Sound Installation 2016
  • 58
    Freezing Point blanClass Exhibition 2016
  • 59
    15 Minutes Eternal J-WAVE SELECTION「SHUTA HASUNUMA MEETS ANDY WARHOL」 Exhibition 2014
  • 60
    HT - - 2017
  • 61
    Keihan 鉄道芸術祭vol.5 ホンマタカシプロデュース もうひとつの電車 ~alternative train~ Exhibition 2015
  • 62
    windandwindows -Mohri Garden MORI Building Others 2016
  • 63
    Orusuban -instrumental “Akai Ko-en” 赤い公園 Produce 2014
  • 64
    Music for th 01 TARO HORIUCHI Collaboration 2018