畠中実による批評(Disc6)

 蓮沼執太の音楽のある部分、その活動のいくつかから思うことは、蓮沼の音楽実践とは、これまでの多くの音楽家、あるいは美術家たちの試みの再学習のような側面があるということだ。もちろん、これまでも多くの表現者がそうしてきたし、現在でもさまざまな音楽スタイルが過去から引き継がれ、そこからまた、個別の差異による多様性を生み出していると言っていいだろう。ただ、あえて蓮沼の音楽における実験的試行、または美術的展開という領域においては特に、そうした過去の多くの表現者たちによる実践を、ある意味では愚直になぞろうとしているように見える。
 それは、私のような年寄からすると、それをなんの衒いもなくやってのけているように見えることに、ある種の清々しささえ覚えるところもある。一方、それはどこかこちらの気恥ずかしさを誘うものでもある。構えるところがない、あまりにも無防備なように見えるのが、とても不思議に映るのだ。それが蓮沼の性格を反映したものなのかどうかはここではどうでもいいことだが、それはある試みを、なにか知識としてだけではない、実感を伴ったものとしてとらえたいということなのかもしれない。なぜなら、実験というものは結果が予測されるもの、あるいは正解のあるものを再確認するためのものでもあるのだから。
 この盤に収められているのは、銀座にできた4階建の総合美容施設「SHISEIDO THE STORE」の各フロアに、おそらく個別に流される音源を再編集した約1時間の作品である。私はまだその場所を訪れたことがないので、実際に4つのフロアの各音源がどのように聞こえているのかはわからない。しかし、この再編集、再作曲された作品は、いい意味で美容施設に流れる音楽らしくないものになっているのがおもしろい。12分20秒くらいから現れる山崎阿弥の声は、以降最後まで、どこか幽気のようなもの漂わせており、音の合間をすり抜けて行く。これがフロアをすり抜けて現れたり消えたりしたらさぞおもしろい、いや怖いかもしれないなとも思う。それはイーノが言うような「聞くこともできるし無視することもできる」こととは異なる体験なのではないだろうか。とはいえ、ここを訪れる人たちがどのように感じるかはまったくわからないけれど。あくまでも再作曲された作品を聴いた上での印象としては、これは非常に集中力を必要とする音楽であった。そしてこれは蓮沼が意図しようとしたものが、アンビエントというものだったのかどうか、ふと再考させるものでもあったのだった。

畠中実

畠中 実(はたなか みのる)

1968年3月11日生まれ。 キュレーション、美術/音楽批評。

Disc6 収録曲一覧

  • Title Commission Type Year
  • 80
    Music for SHISEIDO THE STORE SHISEIDO Others 2018